しょうの雑記ブログ

ファッション、音楽、物事の考え方、おすすめの商品、食べ物、プロ野球などについて書いたブログです。

ザ・ブーム「島唄」の歌詞に込められた意味について

 今回は、THE BOOM(ザ・ブーム)「島唄」の歌詞について取り上げます。

 

 「島唄」は、ブームを代表する曲なので、どこかで一度は聴いたことがあるという人が多いと思います。

 

 オリジナルアルバムでは、1992年にリリースされた「思春期」に収録されています。

 

 

 1993年にはシングルもリリースされ、大ヒットします。

 

 また、ベストアルバムにも収録されています。

 

 

 ソニーミュージックの公式YouTubeチャンネルに「島唄」のMVがアップされているので、この曲をちゃんと聴いたことがない方は、まずはこのMVを見てみてください。

 

www.youtube.com

 

 「島唄」がブームの代表曲になってしまったため、「ブームの宮沢和史さんは沖縄県出身である」と思っている人も結構いる気がします。

 

 しかし、宮沢さんは、沖縄県出身ではありません。山梨県出身です。

 

 小さい頃から沖縄音楽に触れていた訳ではないようです。

 

 ただ、色んな音楽を聴く中で沖縄音楽の素晴らしさに気づいたようです。

 

 そして、自身の音楽にも、「三線」や「沖縄音階」といった沖縄民謡の要素を入れてみたようです。

 

 その結果生まれたのが、「島唄」という曲です。

 

 この曲の歌詞は、実は、「沖縄戦」がモチーフになっていることをご存知でしょうか?

 

 これは、作詞した宮沢和史さん自身も語っていることなので、沖縄戦がモチーフになっていることは間違いありません。

 

 ただ、この曲の歌詞を見てみると、「戦争」を想起させるような直接的な言葉は使われていません。

 

 そのため、「島唄は知っているけれど、沖縄戦がモチーフになっていることを知らなかった」という人も多いかと思います。

 

 しかし、歌詞をじっくり見ていくと、歌詞の裏側に「沖縄戦」が透けて見えます。

 

 そこで今回は、「島唄の歌詞に込められた意味」について、詳しく解説していきます。

 

 この曲の作詞・作曲者は、宮沢和史です。

 

 歌詞の全文は、下記のサイトで見られます。

 

www.uta-net.com

 

 

 

 

沖縄戦とは

 「島唄」の歌詞を解説する前に、まずは沖縄戦について簡単に解説します。

 

 沖縄戦は、第二次世界大戦末期の1945年に、沖縄を舞台にして行われた、米軍と日本軍の戦闘のことです。

 

 1945年の3月から9月にかけて行われました。

 

 沖縄戦では、トータルで、約20万人の人が亡くなったと言われています。

 

 その中で、一般住民の死者は9万人以上と言われています。

 

 一般人の死者が非常に多かった点が沖縄戦の特徴です。

 

 亡くなった人の中には、「集団自決」をした人も含まれます。

 

 「県民の4人に1人が亡くなった」とも言われています。

 

 こういった死者数を見るだけでも、どれだけ酷い戦闘だったか想像できると思います。

 

 沖縄戦は、「消したくても消せない悲しみの記憶」として、沖縄の人々の心に刻まれています。

 

 沖縄戦についてさらに詳しく知りたい方は、琉球新報が沖縄戦についてまとめたネット記事があるので、そちらも読んでみてください。

 

ryukyushimpo.jp

 

島唄の歌詞の考察

 ここからは、「島唄」の歌詞の考察に移ります。

 

嵐が来た

 冒頭は、こんな歌詞から始まります。

でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た

でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た

 

 「でいご」というのは、沖縄の県花になっている赤い花です。

 

okinawaclip.com

 

 沖縄では、「でいごの花が見事に咲く年は、嵐が多い」とされています。

 

 歌詞を見てみると、「でいごが咲いて、咲き乱れていたので、予想通り嵐が来た」ということが歌われています。

 

 ただ、この『嵐が来た』という歌詞は、単に嵐が来たという意味ではありません。

 

 「米軍が沖縄に上陸してきて、戦闘が始まった」という意味です。

 

 この歌詞には、「でいごが咲き乱れて、何か良くないことが起こりそうだと思ったら、戦争が始まってしまった」という意味が込められています。

 

くり返す悲しみ

 さらに歌詞を見ていきます。

くり返す悲しみは 島渡る波のよう

 

 ここでの「悲しみ」というのは、「戦争による悲しみ」のことです。

 

 戦争が始まると、「人が亡くなる」という悲しみがあります。

 

 さらに、「家・建物・自然」が壊されてしまうという悲しみもあります。

 

 戦争によって、様々な悲しみがくり返されます。

 

 そういった悲しみがくり返される様子が、「まるで島を渡る波のようだ」と言っているのです。

 

千代にさよなら

 次は、こんな歌詞です。

ウージの森で あなたと出会い

ウージの下で 千代にさよなら

 

 「ウージ」は、沖縄の方言で、サトウキビのことです。

 

 「ウージの森」というのは、サトウキビ畑のことでしょう。

 

 「サトウキビ畑であなたと出会って、サトウキビ畑の下であなたと別れた」ということを言っています。

 

 ここだけ見ると、「恋人と別れた」という意味のようにも思えます。

 

 しかし、これは、単に「恋人と別れた」ということではありません。

 

 沖縄戦の中で行われた「集団自決」について歌っています。

 

 「ウージの下」というのは、「ガマ」のことです。

 

 沖縄戦の中では、米軍からの攻撃を避けるため、住民は「ガマ」と呼ばれる自然洞窟に身を隠していました。

 

 しかし、米軍の攻撃からもう逃れられない状況になると、ガマの中で集団自決が行われていました。

 

 「恋人と出会ったサトウキビ畑の下にあるガマで、恋人と一緒に自決する」というのは、なんとも悲しいことです。

 

 ただ、沖縄戦では、こういった集団自決が、様々な場所で行われていました。

 

 このような地獄のような状況になるのが、戦争です。

 

 この部分の歌詞に関しては、こちらの記事で宮沢さん自身も言及しています。

 

www.tokyo-np.co.jp

 

サビの歌詞①

 1番のサビの歌詞も見ていきます。

島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ

島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の涙

 

 ここで歌われている『私の涙』というのは、「戦争によって流した涙」のことです。

 

 そして、『届けておくれ』というのは、「本土の方に、沖縄戦の悲しみを届けてくれ」ということだと思います。

 

ささやかな幸せ

 2番の歌詞も見ていきます。

でいごの花も散り さざ波が揺れるだけ

ささやかな幸せは うたかたの波の花

 

 『でいごの花も散り』というのは、「激しい戦闘により、でいごの花も散ってしまった」ということではないかと思います。

 

 そして、この後出てくる『うたかた』という言葉は、「水面に浮かぶ泡」という意味です。

 

 『ささやかな幸せは うたかたの波の花』という歌詞は、「幸せだった日々は、戦争により泡のように消えてしまった」ということだと思われます。

 

八千代の別れ

 さらに歌詞を見ていきましょう。

ウージの森で 歌った友よ

ウージの下で 八千代の別れ

 

 ここでは「友達」が出てきます。

 

 『ウージの森で 歌った友よ』というのは、「サトウキビ畑で一緒に歌って遊んだ友達」ということだと思います。

 

 サトウキビ畑で一緒に遊んだということは、おそらく子供の頃からの友達です。

 

 しかし、その友達と、サトウキビ畑の下で「八千代の別れ」が来てしまうと言っています。

 

 ここでも、「サトウキビ畑の下のガマでの自決」について歌われています。

 

 沖縄戦では、時として、「恋人や親友とも一緒に自決せざるを得なかった」という悲しい現実がありました。

  

サビの歌詞②

 2番のサビの歌詞も見ていきます。

島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ

島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を

 

 この部分は、1番のサビの歌詞と、ほとんど一緒です。

 

 ただ一点、最後の『私の愛を』という部分だけが違います。

 

 これは、恋人同士が自決を決めた時、「自分達はこの後、この世からいなくなるが、この人を愛したという気持ちだけでも、どこかに届いてほしい」ということかもしれません。

 

このまま永遠に夕凪を

 後半の、曲のブリッジ部分の歌詞を見ていきます。

 自分としては、宮沢さんがこの曲の歌詞で一番伝えたい部分は、ここだと思っています。

海よ 宇宙よ 神よ いのちよ

このまま永遠に夕凪を

 

 「夕凪」というのは、「夕方、無風になって、海が穏やかな状態になること」です。

 

 ここでは、「夕凪」という言葉を「平和の象徴」として使っています。

 

 「嵐」が戦争の例えだとしたら、「夕凪」は平和の例えになります。

 

 そのため、『このまま永遠に夕凪を』というのは、「このまま平和な時が永遠に続いてほしい」と言いたいのだと思います。

 

 この部分の歌詞には、「反戦」や「平和への願い」といったメッセージが込められていることがわかります。

 

まとめ

 ザ・ブームの「島唄」に隠された意味について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。

 

 パッと聴いただけだと、この歌詞に含まれたメッセージに気付きづらいかもしれません。

 

 しかし、詳しく歌詞を見ていくと、この歌詞は沖縄戦のことを歌っていて、「反戦」のメッセージも込められていることがわかったと思います。

 

 2022年の5月15日に、沖縄が本土に復帰してから50年となります。

 

 そのため、あえて、2022年の5月15日に、この記事をアップしてみました。

 

 「沖縄本土復帰50周年」ということで、様々なメディアが、沖縄についての特集を組むと思います。

 

 そして、沖縄の本土復帰について振り返る時、「沖縄戦」を欠かすことはできません。

 

 「沖縄戦」というのは、様々な過ちが重なった結果起こってしまった、非常に重い「負の歴史」です。

 

 できればなかったことにしたくなるような悲惨な出来事ですが、過去に起こったことはもう変えられません。

 

 ただ、「沖縄戦」をなかったことにはできませんが、「負の歴史」を振り返り、過去の綾過ちを反省することで、過ちを繰り返すことは防げます。

 

 そのため、「沖縄戦」という「負の歴史」を振り返って、「なぜあのような過ちが起こったのか」ということは、今後同じような戦争を起こさないためには、非常に重要です。

 

 「負の歴史」について学んで、過去の失敗を反省する人が多いほど、今後、日本があのような戦争を起こす可能性を低くすることができるからです。

 

 そのため、今現在、あまり沖縄と関りがない人であっても、「沖縄戦」を振り返ってみることは大切です。

 

 そのため、メディアが沖縄戦について取り上げた際は、「今の自分と関係ない」と思わず、沖縄戦のことを振り返って、改めて「沖縄戦の問題点」について考えてみてください。

 

 そして、沖縄戦の歴史を振り返った後で、歌詞に注意しながら「島唄」を聴いてみてください。

 

 そうすると、「戦争の悲惨さ」や「平和の大切さ」が、心の奥にすっと染み込んでくると思います。

 

 そういう意味でも、この「島唄」は、「今後も聴き続けられるべき名曲」と言えます。