場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

鶴見済さん主催、「不適応者の居場所」の参加レポート(2018年の11月9日と、2019年3月16日)

 この前、鶴見済(つるみ わたる)さんが主催する、「不適応者の居場所」というイベントに参加してきました。このイベントには、今回で、2回目の参加となります。

 

 そのため、この記事では、「初回に参加した時」「2回目に参加した時」のレポートをしたいと思います。

 

初回に参加した時のこと

 「不適応者の居場所」は、2018年の11月9日から行われています。基本的には、毎月1回行われています。

 

 このイベントは、「様々な理由で、日頃から人とのつながりをなくしがちな人」が対象の会です。そして、つながりをなくしがちな人同士で、集まって気軽に雑談する会です。

 

 これを読むと、「なんだ、ただ集まって話しているだけか」と思う人もいるでしょう。しかし、自分にとっては、これはすごく画期的なイベントだと感じました。

 

 人は、ふとしたきっかけで、「人とのつながりをなくしがちな状況」に陥ってしまったりします。

 

 例えば、「職を失って無職になる」と、人とのつながりが激減したりします。仕事というのは、多くの人と関わるものです。その仕事がなくなると、人とのつながりは一気に少なくなります。一人暮らしだったり、家族と仲が悪い人が無職になったりすると、「ほぼ毎日、誰とも話さない」という状況に陥ったりします。

 

 そして、無職の人に対しては、世間の目は冷たくなります。友達がいたとしても、無職であることを言いたくないがために、友達に連絡することを避けるようになったりします。そうなることで、より一層、人とのつながりが減ってしまいます。

 

 また、無職の人だけではなく、仕事をしている人でも、「人とのつながりをなくしがちな状況」に陥ったりします。

 

 仕事というのは、多くの人と関わるものです。しかし、仕事での人間関係は、良好ではない場合があります。

 

 仕事の同僚というのは、「仲がいいから集まった」という集団ではありません。「お金を稼ぐ」という目的で、たまたま集まった人たちに過ぎません。その中には、気の合う人もいるかもしれませんが、「気の合わない人」も沢山いるでしょう。

 

 仕事で人と関わっても、「気の合わない人」とばかり関わっていると、「仕事で人と関わってはいるが、上辺だけの付き合いで、人とつながっている実感がない」という人は沢山います。そういう人は、人と関わっていたとしても、「人ときちんと繋がれない寂しさ」を感じています。

 

 また、仕事での人間関係は、必ず「利害関係」が絡みます。仕事をしている人のほとんどは、「自分の利益が最大限になるようにしたい」と考えて行動しています。ほとんどの人がそう考えて仕事をしているのであれば、当然そこには摩擦が生じます。仕事の人間関係では、「自分の利益にならないことの押し付け合い」が生じやすく、それにより敵対関係が生まれたりします。

 

 利害関係により、敵対した関係では、いくら人と関わっても、「人とつながっている」という実感は持てません。

 

 そのため、「日頃から人とのつながりをなくしがちな人」というのは、「利害関係なく、人と気軽な雑談がしたい」と強く望んでいたりします。しかし、それを望んだとしても、多くの人は、そういうことができる場を見つけられません。

 

 実際、「人とのつながりをなくしている人が、集まって、利害関係なく気軽に話せる場」というのは、今の日本社会にはほとんどありません。鶴見さん自身も、「社会にそういう場がない」ということは、実感していると思います。そのため、「それがないなら、自分で作ってみよう」という気持ちで始めたのだと思います。自分としては、その気概が素晴らしいなと感じました。

 

 僕が初めて「不適応者の居場所」に参加したのは、2018年の11月9日です。

 

 その当時、僕は無職でした。無職であるがゆえに、ほとんど人と話さない生活を送っていたため、「誰かと気軽な雑談がしたい」という欲求が非常に高まっていました。

 

 僕は、ツイッターで鶴見さんをフォローしていましたが、ある時、ツイッターを見ると、鶴見さんが「不適応者の居場所というイベントを行う」と告知していました。それを見て、「行ってみたい」という気持ちが湧いてきて、思い切って参加することにしました。

 

 参加する前は、少し緊張していました。しかし、行ってみると、鶴見さんが、穏やかに迎え入れてくれました。最初に鶴見さんと話した印象は、「名の知れた作家さんなのに、低姿勢な方だな」というものでした。少しも偉ぶるそぶりはなく、物腰柔らかく話してくれるところが好印象でした。

 

 鶴見さんとは、会が始まってから少しだけ話せました。「どこから来たか」「どういうきっかけでこのイベントを知ったか」ということなどを話しました。

 

 その後は、近くにいた方と、話をしました。ほとんどが初対面の方でしたが、「不適応者の居場所」という名前の会だけあって、自分も含めて、社会にうまく適応できない人が多いようでした。自分の他にも、無職の人は沢山いました。その他にも、会社を休職中の人、非正規で働いている人などがいました。正社員として働いている人もいましたが、この会では、むしろ少数派でした。

 

 無職の人がゴロゴロいる場なので、「今、僕は、無職です」と言ったとしても、特に変な目で見られることはありません。この場では、皆、無職であることを普通に受け入れてくれます。それは、とても居心地のいいものでした。

 

 そして、この場で色々な人と話をしていると、「皆、自分と似たような部分で、社会になじめなくて悩んでいるのだな」と感じました。それにより、ちょっと安心する部分もありました。そして何より、「利害関係なく、人と気軽に雑談していること」により、心がほっとして、満たされている気持ちになりました。

 

 また、会の途中で、みんなの前で、「自己紹介」をする時間も設けられました。この自己紹介の時間で、すごくいいなと思ったのは、鶴見さんが、「順番に自己紹介をしていこうと思うけど、自己紹介をしたくない人はパスしても構わない」と最初に言ったことです。

 

 「社会にうまく適応できない人」というのは、「大勢の前で話をする」ことが苦手な人が結構います。そういう場になると、必要以上に緊張してしまうため、集団に適応できないのです。

 

 自分自身、小学校時代に場面緘黙症を経験しているので、その気持ちはよくわかります。当時は、「大勢の前で話をしなければならない場面」がくると、緊張が強くなり、うまく話せなかったりしました。

 

 今でこそ、大勢の前でも多少は話せるようにはなりましたが、場面緘黙症の後遺症があるためか、苦手意識はいまだに抜けません。

 

 ただ、「不適応者の居場所」では、パスはせずに自己紹介をすることができました。初対面の大勢の人の前で自己紹介をするということで、多少緊張はしましたが、鶴見さんが最初に、「パスしてもいい」と言ってくれたことで、だいぶ緊張は和らぎました。

 

 そして、中にはパスをする人もいましたが、パスをしたとしても、誰もその人を変な目で見ていない雰囲気があり、その雰囲気はとてもいいなと感じました。

 

 この会は、高円寺で行われているのですが、家が遠い関係で、早めの時間に家を出ました。

 

 会場にいた時間はそれほど長くはなかったのですが、自分と同じように、「社会にうまくなじめない」と感じている人と気軽に話せたことで、だいぶ満足感はありました。そして、「また参加したい」と思いました。

 

 

2回目に参加した時のこと

 2回目に参加したのは、初回から少し期間が空いて、2019年の3月16日になります。「会場が家から遠いこと」と「開催時間が遅いこと」がネックになり、その後はなかなか参加できずにいました。

 

 自分は、2019年の2月から働き始めたのですが、3月16日は、ちょうど仕事が休みの日でした。そこで、「これは行くしかない」と考えて、参加することにしました。

 

 「不適応者の居場所」は、基本的に金曜日に行われていて、時間は18時30分からでした。しかし、3月は、珍しく土曜日開催で、時間も17時からと、少し早まりました。これは、自分のように、高円寺から家が遠い人にとっては、ありがたかったです。

 

 ちょうど17時くらいに、会場に入ると、初回と同じように鶴見さんが穏やかに迎えてくれました。

 

 そして、嬉しかったのは、鶴見さんが、「以前も来てましたよね」と言ってくれたことです。

 

 自分としては、「初回に参加した時は、鶴見さんとちょっとだけしか話せなかったから、おそらく、顔も忘れているだろう」と思っていました。しかし、鶴見さんは、しっかり顔も覚えていてくれました。

 

 また、鶴見さんの著書を持って行って、サインをお願いしたところ、快くサインを書いていただけました。これもまた、嬉しかったです。

 

 この日は、早い時間から、だいぶ多くの人が集まっていました。初回に行った時に会った人もいました。リピーターの人も、結構いるようです。

 

 そして、周囲にいた人と、ゆるく話をしました。この会に来ている人は、社会になじない人ばかりですが、状況も様々で、「一言で、『社会になじめない』と言っても、色々な人がいるな」などと思ったりしました。自分と全く違った境遇の人の話を聞くのは、なかなか面白かったです。

 

 また、この時も、「自己紹介の時間」がありました。鶴見さんも、初回に参加した時と同じように、「自己紹介をしたくない人は、パスしても構わない」と最初に言っていました。

 

 初回に参加した時は、パスをする人もいたのですが、この時は、全員がきちんと自己紹介をしていました。

 

 その後も、近くにいた人と話をしましたが、家が遠いので、途中で帰りました。また、事前に、鶴見さんから、「帰る時は、特に断りはいらないので、何も言わずに帰って大丈夫です」と言われていました。こういうことを言ってくれると、途中でも遠慮せずに抜けやすくなるので、その気配りはさすがだなと感じました。

 

 

まとめ

 「不適応者の居場所」には、2回参加しましたが、2回とも、「居心地の良さ」を感じました。どちらも、初対面の方が多かったですが、そういう場であっても、それほど緊張せずに、人と話すことができました。

 

 これはやはり、「社会にうまく適応できない」という共通点が、参加者の中にあるというのが大きな理由でしょう。そういう共通点があるからこそ、初対面でも、引け目なく、素直に話しやすかったです。

 

 また、主催者の鶴見さんによる「居心地を良くしようとする、気配り」も強く感じました。

 

 人は、集団になると、どうしても「同調圧力」が生じやすくなります。しかし、「不適応者の居場所」においては、「できるだけ同調圧力を生じさせないようにしよう」という鶴見さんの気配りを感じます。きっとそれは、鶴見さん自身が「同調圧力」を嫌っているからでしょう。「自分が主催する会では、できるだけ同調圧力を生じさせたくない」という鶴見さんの気持ちが、参加していて伝わってきました。こういった細かい気配りがなされているからこそ、居心地が良くなっているのでしょう。

 

 もし、「社会にうまく適応できない」と一人で悩んでいる人がいたら、一度、「不適応者の居場所」に参加してみてください。そうすると、「こういうことで悩んでいるのは、自分だけじゃなかったんだ」と感じられるはずです。そう感じられるだけで、気持ちはだいぶ楽になるはずです。

 

 この「不適応者の居場所」は、素晴らしい取り組みだと思うのですが、会場は東京の高円寺なので、東京から遠い人は、なかなか来づらいというデメリットがあります。こういう場を欲している人は、東京だけでなく、全国に沢山いると感じています。

 

 特に、田舎に住んでいる人は、社会になじめないと、一気に孤立しがちです。田舎だと、人が少ないので、人と会いにくくなりますし、「社会になじめない人に対する世間の目」も厳しい傾向があります。そういう意味では、都会よりも、田舎の方が、「精神的に孤立するリスクが高い」と感じています。

 

 そのため、「全国に、こういう場がもっと沢山あればいいのに」なんてことを思っています。そうなれば、社会になじめないことにより、精神的に孤立してしまう人を、もっともっと減らせるような気がします。

 

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