場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

良いことを素直に喜べない時は、複雑な感情をじっくり味わうようにする

 大人になると、経験値が段々と上がっていきます。経験値が上がると、色々な物事に対処しやすくはなりますが、「良いことがあっても、素直に喜べない」という場合も出てきます。

 

 子供の場合、あまり物事を深く考えていないので、良いことが起こると「やった!」と素直に喜ぶことができます。しかし、大人になると、良いことが起こっても、「まてよ、でもこれはよく考えると良い面ばかりではないな」ということに気付いたり、「今は楽しいけど、この後は大変になるな」ということをつい考えてしまったりします。そんな時、「この楽しさに集中しよう」と思っても、いったん頭をよぎったマイナス面というのはなかなか消すことができないものです。そうなると、素直に喜べなくてモヤモヤしてしまいます。

 

 しかし、「素直に喜べないこと」は、そんなに悪いことなのでしょうか? 素直に喜べないのは、「楽しいけれど切ない」といった、相反する、「複雑な感情」を持っているからです。そのため、喜びにストッパーがかかって、それを「嫌だ」と感じてしまうのです。しかし、その「複雑な感情」を消すことができないのであれば、「複雑な感情をうまく味わおう」と、考え方を変えた方が良いのではないでしょうか?

 

 大人になると、絵画、文学、音楽など、様々な芸術作品を楽しめるようになります。そして優れた芸術作品の多くは、「ただ楽しいだけのもの」や「ただ悲しいだけのもの」は少なく、「楽しいけれど切ない」といった複雑な感情を想起させるものが多くなっています。こういった感情は、子供は理解できませんが、大人になるにつれ、それを次第に味わうことができるようになります。「複雑な感情を味わう」ことは、子供にはできない、大人だけの特権です。それなら、「素直に喜べない」時は、無理に喜ぼうとするのではなく、その複雑な感情をじっくりと味わうようにすると良いでしょう。「この複雑な感情をじっくりと味わってやろう」という気持ちで臨むと、複雑な感情ともうまく付き合っていけます。

 

 芸術作品を味わうように、自分の複雑な感情を味わってみると、それはそれで、深い面白さが見つかるはずです。