場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

現実社会は「経歴」重視だが、ブログの世界は「実力」重視

 自分は、「社会の中で生きづらい」と感じることが多いですが、このブログの読者の方にも、そう感じている人は多いでしょう。

 

 「社会の中で生きづらい」と思っている人は、仕事につくのも大変です。仕事につくには、履歴書を書いて、就職面接を受けてそこで合格しなければなりません。

 

 履歴書には、自分の「年齢」「過去の経歴」「資格」などを記入します。企業の採用担当者は、それを見て、採用するかしないかを判断します。

 

 自分の経験上、就職できるかどうかというのは、履歴書の内容だけで、合否は8割方決まると言ってよいでしょう。履歴書の内容が良ければ、8割方、採用は決まったようなものです。しかし、履歴書の内容がイマイチならば、面接でいくら良いアピールができたとしても、採用される確率は非常に低くなります。

 

 その人に何か特別な能力があったとしても、年齢がある程度いっていて、過去の経歴がイマイチで、資格がなければ、社会では、全く評価されません。就職面接では、あっさり「不採用」となるでしょう。

 

 そういう経験をすると、「あ、この社会は、何度も失敗した人は、もう受け入れてもらえない仕組みなんだな」と実感します。それが繰り返されると、「社会になじめない」という思いはさらになります。

 

 自分は、「社会になじめない」という不安が強くなり、その不満を吐き出す場として、このブログを始めてみました。そして、ブログを継続していると、「ブログの世界は、現実社会と違う価値観がある」ということに気づきました。ブログの世界は、現実社会に比べると、立派な経歴がなくとも、「実力があれば評価される」風潮が、現実社会より強い気がするのです。

 

 確かに、ブログの世界でも、「過去の経歴」が重視される場合もあります。「医療系の記事」であれば、医療関係の仕事をしたことがない人に比べ、医者として勤務した経験のある人の方が、記事に説得力が出て、評価されやすくなります。

 

 しかし、「医療関係に従事したことがない人が書く、面白い医療系の記事」「医者が書く、つまらない医療系の記事」だったら、どちらが多く読まれると思いますか? これは、圧倒的に前者の方が多く読まれると思います。いくら医者が書いているといっても、その記事の内容がつまらななければ、ブログの世界では、誰にも読まれません。逆に、医療関係の仕事をしたことがない人でも、非常に面白い医療系の記事が書ければ、沢山の読者がついて、多くの人に読まれます。

 

 それを考えると、ブログの世界においては、「記事の面白さ」が一番重要で、肩書というのは二の次になります。つまり、何の経歴や肩書がない人でも、面白い記事が量産できれば、「人気ブロガー」になれるのです。

 

 このように、「ブログの世界」というのは、「記事の面白さ」という「実力」だけで評価される、ある意味公平な世界です。そして、文章を書くことができて、ネットにつなげる環境があれば、誰でも参入することができます。

 

 だから文章を書くことが好きで「現実社会になじめない」と感じている人は、現実の世界での勝負は捨てて、「ブログの世界」で勝負してみてもいいと思います。現実の仕事は、「ただの金を稼ぐためだけの手段」と割り切りましょう。やりがいがなくて、給料が安くてもいいので、最低限生活できるだけのお金を稼ぎます。そして、空いた時間と労力を、ブログ記事の執筆に思い切り注ぎ込みますしょう。

 

 そこで、ブログに思い切り力を入れて、面白い記事を量産できたら、ブログの世界では実力を認められ、多くの人に知ってもらうことができます。そうすれば、面白くない現実に、風穴を開けられることもあると思うのです。