しょうの雑記ブログ

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スピッツ「フェイクファー」の歌詞に隠された意味について

 今回は、スピッツの「フェイクファー」という曲の歌詞について、深く掘り下げてみます。

 

 「フェイクファー」という曲は、スピッツの8枚目のアルバム「フェイクファー」に収録されています。

 

 アルバムのタイトル曲になっているので、聴いたことがある人も多いでしょう。

 

 個人的に、「フェイクファー」は、昔からとても好きな曲でした。

 

 ただ、それほど歌詞を意識して聴いてはいませんでした。

 

 しかし、ある時に歌詞カードを見ながら、じっくり歌詞を聴いてみると、非常に意味深な歌詞だということに気づきました。

 

 そこで、ここからは、「フェイクファー」の歌詞に隠された意味について、考察していきます。

 

 この曲は、基本的にラブソングです。

 

 しかし、歌詞をじっくり聴いていると、色々とひっかかる部分があり、ただのラブソングではないことに気づきます。

 

 まず、歌詞を聴いて、ひっかかるのは、この部分です。

 

唇をすり抜ける 

くすぐったい言葉の 

たとえ全てが嘘であっても 

それでいいと

 

 歌詞をじっくり聴きながら曲を聴いていると、多くの人が、「たとえ全てが嘘であっても それでいいってどういうことだ?」と疑問を感じるでしょう。

 

 そして、聴き進めていって、次にひっかかるのはこの部分です。

 

 分かち合う物は 何も無いけど

恋のよろこびに あふれてる

 

 ここでも、頭の中で「?」が浮かびます。

 

 「お互いに分かち合うこと」は、恋愛において、非常に重要です。

 

 恋愛というのは、お互い「好きだ」という気持ちを分かち合うことで、より楽しくなっていくという側面があります。

 

 しかし、この歌詞では、『分かち合うものは何も無い』と断言しています。

 

 ただ、それにも関わらず『恋のよろこびに あふれてる』と言っているのです。

 

 聴いている人は、「わかちあうことが何も無いのに、恋のよろこびにあふれてるって、一体どんな恋愛だ?」と思うでしょう。

 

 しかし、次の部分を聴くと、その謎が解けます。

 

偽りの海に 身体委ねて

恋のよろこびに あふれてる

 

 この部分を聴くと、「あ、この二人は、「禁断の恋」をしているんだな」ということに気づきます。

 

 「フェイクファー」の歌詞はおそらく、「不倫関係の恋」について歌っているのだと思います。

 

 『偽りの海に 身体委ねて』というのは、「不倫関係にある二人の情事」を描写したものだと思われます。なかなかエロいことを歌っています。

 

 「不倫関係の恋」の歌だとわかると、段々と歌詞の謎が解けていきます。

 

 『唇をすり抜ける くすぐったい言葉の たとえ全てが嘘であっても それでいいと』という部分は、「相手が「愛してる」と言ってきて、それは本気の言葉ではないとわかっているけど、それでもいい」ということでしょう。

 

 また、『分かち合う物は 何も無いけど 恋のよろこびに あふれてる』というのは、「これは不倫関係だから、お互いに分かち合うものはないけれど、それでも不倫の恋をするのは楽しい」といった意味でしょう。

 

 そして、歌詞の最後の部分は、色々と想像力が掻き立てられます。

 

今から 箱の外へ

二人は 箱の外へ

未来と 別の世界

見つけた そんな気がした

 

 この部分は、色々な解釈ができると思います。

 

 人によって解釈は変わると思いますが、自分の解釈はこんな感じです。

 

 『箱の外へ』というのは、「不倫関係ではない、本気の恋愛へ」ということだと思います。

 

 そして、『未来と別の世界』というのは、「ただの不倫関係で終わってしまう未来ではなく、本気の恋愛へ発展する世界へ」ということだと思います。

 

 ただ、この歌詞の最後が『そんな気がした』という言葉で結ばれているのは、「本気の恋愛を見つけたように感じたけれど、結局これは不倫の恋で、「見つけた気がしただけだった」という切なさが込められているように思えます。

 

 自分の解釈としては、この曲は、「不倫が、本当の恋にならないか願っているけれど、結局は不倫の恋のままだった」という切なさに満ちた曲だと思います。

 

 また、この曲のタイトルが「フェイクファー」というのも、まさにこの曲が「不倫関係の恋の曲」ということを、如実に表しています。

 

 「フェイクファー」というのは、日本語に直すとあ「偽物の毛皮」という意味です。

 

 フェイクファーは、毛皮のようにふわふわして柔らかいですが、本物の毛皮ではありません。偽物です。

 

 フェイクファーは、柔らかさを持っていますが、それはある意味、「偽りの柔らかさ」です。

 

 この曲では、フェイクファーの持つ「偽りの柔らかさ」を「不倫」の比喩として用いているのです。

 

 不倫をして、相手と肉体関係を持てば、相手の柔らかさを感じられます。

 

 しかし、不倫は、本当の恋ではありません。あくまで、「偽物の恋」です。

 

 そのため、不倫で得られる柔らかさは、あくまで「偽物の柔らかさ」に過ぎません。

 

 そういった、「不倫で得られる柔らかさ」のことを、「フェイクファー」と言っているのです。

 

 このタイトルのつけ方は、なかなか見事ですね。

 

 しかし、この曲の歌詞に込められた意味を紐解いていくと、「スピッツというバンドのすごさ」が改めてわかります。

 

 この曲は、歌詞をあまり意識せずに、さらっと聴き流すと、「普通のラブソング」のようにも聴こえます。曲調もポップなので、余計にそう聴こえがちです。

 

 しかし、じっくり歌詞を聴き込んでいくと、「不倫の恋」のような、全くポップではないドロドロした恋について歌っていることがわかります。

 

 それに気づいた時に、なんだか、「やられた!」という気持ちになります。

 

 そして、こういった「面白い仕掛け」をさりげなく入れてくるスピッツというバンドに、敬意を表したくなります。

 

 そして、不倫について歌っている「フェイクファー」を、あえてアルバムのタイトル曲にするところもすごいですね。

 

 普通、アルバムのタイトル曲は、こんなドロドロしたことを歌ってる曲を選びません。もっと普通の恋愛について歌っているような曲を選ぶはずです。

 

 でも、スピッツは、おそらく、あえて狙ってこの曲をアルバムのタイトル曲に選んでいると思います。

 

 この曲は、直接的に不倫を連想させる言葉は入っていないため、さらっと聴けば普通のラブソングに聴こえます。だから、隠された意味に気づかなければ、アルバムのタイトル曲として、おかしくないように聴こえます。

 

 この曲に込められたドロドロした世界に気づかず、「このアルバムのタイトル曲、いい感じのラブソングだね」と思う人もいるはずです。

 

 しかし、その一方で、「あ、これは、不倫のドロドロした世界を描いた曲だ」と気づく人もいます。そして、その人は「こんな曲をアルバムのタイトル曲にするなんて、ある意味ふざけて遊んでるな」と思うでしょう。

 

 スピッツというバンドは、「隠された歌詞の意味に気づく人」を想定して、あえてアルバムのタイトル曲にもってきて、遊んでいるのではないかと思います。

 

 スピッツは、昔はパンクバンドだったようですが、こういうところに、「スピッツの隠れたパンク精神」をビシビシ感じます。

 

「普通のラブソングのようにも聴こえるけれど、実は不倫の曲」をアルバムのタイトル曲にして遊んでいるところは、ああ見えてなかなかパンクなバンドだなと思います。

 

 ちなみに、歌詞の全容は、下記のサイトに載っているので、歌詞を全部知りたいという方は、こちらを見てみてください。

http://j-lyric.net/artist/a000603/l00a819.html

 

 また、「フェイクファー」というアルバムは、この曲以外にも良い曲が沢山収録されているアルバムです。

 

 そのため、アルバムを聴いたことがない人は、この曲だけではなく、よかったらアルバムもじっくり聴いてみてください。

 

 


フェイクファー