場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

「何を経験したか」より、「経験したことから何を得るか」が大事

「今の生活は平凡で、たいしたことが起こらなくてつまらない」と思っている人は、結構多いのではないでしょうか。

 

 そう思っている人は、日常の些細なことにもっと注目してみると、少し考え方が変わってくることがあります。「たいしたことがない」と思っている日常生活の中にも、実はすごく面白いことが隠れている場合もあります。

 

 まず、あなたが今までに経験して日常的に行っていることで、「これは、ちょっとは面白いかな」と思うことはないか探してみましょう。それを見つけたら、今度は、それの細かい部分をじっくり見てみます。

 

 すると、「あれ、これってよく見てみると、すごく奥が深くて面白いかもな」という発見をすることもあります。そうしたら、こんどはそれをさらに掘り下げてみるといいでしょう。そうするとまた新たな面白みが出てきます。

 

 このように、日常の些細なことに注目してみたら、すごく新鮮な発見をすることがあります。

 

  他人から見て、「この人の生活は平凡で、たいした経験をしていない」と見られたとしても、その一見平凡な生活の中からも、すごく面白いことを得ることだってできます。

 

 逆に、人がうらやむようなすごい経験をしている人でも、話してみるとどうも考え方が浅くて、あまり人間的な深みがない人もいます。そういう人は、すごい経験をしていても、おそらく、そこからあまり大きなものを得ることができていないのでしょう。

 

 それを考えると、「何を経験したか」よりも、「経験したことから何を得るか」の方が大事だと言うことができます。

 

 だから、人に誇れるようなすごい経験をしたことがない人であっても、よくよく探してみれば、その中から、人に誇れるような大きなものを得ることだってできます。