場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

ブログを書き進めて、筆が乗っている時は、元々のテーマとずれても、そのまま書き進めよう

 このブログを読んでいる方で、「自分もブログをやっている」という方は多いかと思います。ブログをやっている方は、どのような記事の書き方をしているでしょうか? きっと、「まずテーマを決めて、それに沿って文章を書いていく」という人が多いでしょう。

 

 なぜなら、「全くテーマがない状態から文章を書く」ということは、非常に難しいからです。テーマがないと、何を書いていいかわからなくなりますし、書き始めても、まとまりのない文章になってしまいます。ですから、大抵の場合は、テーマを決めて、それに沿って文章を書いていきます。

 

 しかし、ある程度、書き進めて行った時に、「元々のテーマとずれてきている」と感じる時はないでしょうか? そんな時は、大抵の人が、元のテーマに沿ったことを書くように修正していくものです。

 

 しかし、テーマとずれていることを書き始めた時に限って、「筆が乗っている時」だったりします。文章を書いていると、筆が乗って、「いい感じに書けているな」と実感できる時があります。そういう時は、なるべくそのままの感じで文章を書き続けたくなります。そこで、無理矢理、元のテーマに沿った文章を書こうと軌道修正していると、そのいい感じが消えて、面白くない文章しか書けなくなってしまうことが多いです。

 

 ですから、元々のテーマとずれていることを書いている時に、「筆が乗っている」と感じたら、ずれたままの流れで書ききった方がいいと思います。その方が、熱のこもった良い文章になるからです。

 

 ただ、「テーマからすれているのに、それでいいのか?」と思う人もいるでしょう。そこは、問題ありません。そのまま書いたものを読み返して、「良い文章が書けた」と思ったら、文章を変えるのではなく、「元々のテーマ自体を変える」ようにすればいいのです。

 

 「良い文章を書く」ということを目標にするならば、「元々決めておいたテーマ」にとらわれないようにしましょう。テーマというのは、実は、それほど重要ではないからです。場合によっては、臨機応変にテーマ自体を変えても構いません。そうした方が、良いブログ記事が書ける確率は高まります。

 

 「まずテーマを決めて、ブログを書いていくこと」は、ミュージシャンでいうと、「曲のタイトルを決めてから、曲を作っていく」ようなものです。

 

 しかし、曲の良し悪しを判断する際に、「曲のタイトル」「曲そのもの」を比べると、どちらが大事でしょうか? 間違いなく「曲そのもの」の方が大事です。「曲そのものは素晴らしいけれど、曲のタイトルがイマイチ」ならば、まだ許されます。しかし、いくら曲のタイトルが素晴らしくても、「曲そのものがイマイチ」だったら、誰も評価しないでしょう。タイトルがイマイチで曲の雰囲気と合わなかったら、曲を変えるより、タイトルを変えればいいだけです。

 

 これは、ブログにもあてはまると思います。ブログでも、文章のテーマを表す「タイトル」より、「文章の中身」の方が大事ではないでしょうか。ブログのタイトルがイマイチでも、文章の中身が良ければ、評価されます。しかし、いくらタイトルが素晴らしくても、文章の中身がイマイチならば、誰にも評価されません。ブログのタイトルがイマイチで、中身と合わないならば、タイトルを変えれば、問題は解決します。

 

 だから、もし、「テーマからずれたことを書いている」と感じても、良い感じで書けているなら、「これは大きな問題ではない」と割り切って書き進めましょう。

 

 そして、テーマからずれてしまても、筆が乗ってそのまま書き続けていると、「自分でも思いもしなかったような文章」が書ける時があります。そういう経験は、すごく嬉しいものです。「テーマからずれている」と思って、筆が乗っているのを無理に軌道修正してしまうと、自分の想像を超えるような文章は生み出せません。

 

 そういった文章を生み出すためには、「テーマからずれることを恐れない姿勢」が必要になるのです。