場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

「独自の視点を使って、平凡なネタを面白い記事に仕上げる」ことができる、優れたブロガーを目指す。

 このブログを読んでいる方で、「自分もブログをやっている」という方は結構いるでしょう。そんな中で、「ブログのネタ探しに苦労している」という方も多いと思います。

 

 ブログを運営するためには、「定期的に記事を更新していく」ことが必要になります。更新が止まってしまったブログというのは、人が来なくなるからです。

 

 そのため、「人を集めるために記事を書かなければ」と思うわけですが、ネタが思いつかないと「更新しなきゃいけないけど、ネタがないので記事が書けない」というように、困った事態になってしまいます。

 

 「ネタ探しに困っている人」を見ていると、「大きなネタばかりを探している」傾向があることに気づきます。「有名人や、波乱万丈の人生を送っている人」ならば、日常生活の中で「大きな出来事」が沢山起こるでしょう。しかし、「普通の人生を送っている人」にとって、「大きな出来事」は、そう滅多に起こるものではありません。「大きな出来事が起こる」ことを待っているばかりでは、ブログのネタがつきるのは当然です。だから、そういう傾向がある人は、「日常の、些細な事柄をブログのネタにすること」を検討してみてください。

 

 僕は、ブログというのは、ある意味で、「生きること全て」がネタになると思っています。「成功した経験」、「失敗した経験」、「自分が好きなもの」、「自分が嫌いなもの」など、生きてきて体験したことや考えたこと全てを、ブログのネタにすることは可能です。

 

 だから、「ブログのネタがない」と悩んでいる人は、大きなネタを探そうとするのではなく、身の回りの小さなネタを探してみるようにしてください。そうすると、ネタはごろごろ転がっています。

 

 「日常の、些細な事柄がブログのネタになる」ことがわかれば、あとはそれに気づけるかどうかです。身の回りのものを見た時や、日常の些細な事柄に触れた時に「これはブログのネタになるかな?」と、アンテナを張り巡らすようにしてください。

 

 そういうことを繰り返すと、「ブログのネタを探す力」が上がってきて、「意識しなくても、自然にブログのネタが探せる状態」になっていきます。そうなれば、しめたものです。日常生活の些細な事柄を見て、「あ、これ、ブログのネタになる」と思った時に、そのネタをパッとメモしておけば、それがネタのストックになります。そうするうちに、ストックがどんどんたまります。それが身につけば、もうネタ探しに苦労することはなくなるはずです。

 

 「優れたブロガー」というのは、ある意味、「腕の良い料理人」のようなものです。

「腕の良い料理人」は、平凡な食材を扱ったとしても、料理の腕を使って、おいしい料理に仕上げることができます。

 

 「優れたブロガー」も、平凡なネタを、ブロガー独自の視点を入れて、それを面白い記事に変えることができます。

 

 こういったことを考えると、元々のネタは平凡だとしても、面白い記事を書くことは可能だということです。

 

 あとは、その些細なネタを、「自分の独自の視点」を使って、面白い文章に仕上げていきましょう。いかに、「自分の独自の視点」を文章に落とし込めるかが、ブロガーの腕の見せ所だと思います。

 

 「ネタはあるが、平凡なネタばかりだ」という方は、腕の良い料理人のように、「平凡なネタを、うまく調理して、おいしい記事に上げられるブロガー」を目指すようにしてください。