場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

「人生、消化試合」と思ってしまった人は、「仕事」や「家庭」以外の、「小さな目標」を設定しよう

 自分は、ブログ運営を行う上で、「グーグル・サーチコンソール」に登録しています。これに登録すると、「グーグルからの検索流入」について詳しく知ることができます。また、「どのような検索ワードで検索されているか」も知ることができます。

 

 自分のブログが、どのような検索ワードで検索されているかについては、興味のある部分です。そこで、詳しく見てみると、自分のブログでは、「緘黙」というワードが一番多かったです。これは、ブログのタイトルが「場面緘黙症だった僕の、その後の人生」だからでしょう。これは納得できます。

 

 その他にも、色々な検索ワードで検索されていましたが、「おや?」と目を引いたのが、「人生 消化試合」という検索ワードです。「緘黙」ほどではないにしろ、結構多く検索されていました。これはおそらく、以前に、『「人生、残りは消化試合」と思ったら、開き直ろう』という記事を書いたことがあったので、それが検索されたのでしょう。記事の内容はこちらです。

www.bamentekiou.com

 

 この結果を見て、『自分以外にも、「人生、消化試合」と思っている人が結構いるんだな』ということを、改めて感じました。

 

 自分自身、現在は無職の状態を脱して、仕事についているものの、仕事のやりがいはあまり感じません。給料も非常に安いです。また、今後ずっとこの仕事を続けても、給料が上がる見込みもあまりないですし、スキルも大してつかないと実感しています。

 

 かといって、「何か新たな資格を取って、ステップアップしていこう」という意欲も、今は全く持てない状態です。

 

 そして、現在、自分は、言語聴覚士以外の仕事についていますが、「資格を活かして、また言語聴覚士に戻ろう」という気も起きません。

 

 仕事がそんな感じですから、経済的に、今後、「誰かと結婚して家庭を築くこと」は難しいと思っています。

 

 また、経済的な部分以外の問題もあります。自分自身、過去の場面緘黙症の後遺症が残っており、「他者と過度に親密になるのが非常に苦手」という部分があります。「結婚」というのは、まさに「他者と過度に親密になる行為」です。そうなると、「誰かと結婚して、家庭を作る」ということは、自分にはまず無理だろうなと感じています。

 

 このように、「仕事に希望が持てない」、「誰かと結婚して家庭を築くこともまず不可能」となると、どうしても「今後の人生は、消化試合だな」と感じてしまいます。

 

 「仕事」と「家庭」というのは、人生の根幹をなす部分です。その根幹部分に希望が持てないと、「今後の人生は、消化試合だな」と思ってしまうことは、無理のないことだと思います。

 

 しかし、「人生 消化試合」というワードで、自分が書いた記事が多く検索されていたということは、このような同じ気持ちを持っている人が、自分以外にもいるということです。

 

 「人生、消化試合」と思っている人というのは、社会を見渡してみると、目立たない存在でしょう。なぜなら、「人生、消化試合」と思っていたとしても、大っぴらに言う人は少ないはずです。そんなことを言うと、「暗い奴」と思われて、余計に社会的に不利になってしまうからです。

 

 ただ、今回、「人生 消化試合」と検索している人がいるという事実を見た時に、「社会的には目立たなくても、そう思っている人は、実は結構いるのかもしれない」と思いました。

 

 「人生、消化試合」と思ってしまうのは、なかなかしんどいことです。「いくら頑張っても、今後の自分の人生は、大して良くならない」と思っているということですから。そして、そう実感してしまうと、人から「頑張れば、人生うまくいくよ」と言われても、そうは思えないものです。ここでの「実感」というのは、これまでうまくいかなかった経験が積み重なったものです。そういった経験が沢山積み重なると、人からちょっと言われたくらいでは、その実感を覆すことはできません。

 

 そして、「人生、消化試合」と一度思ってしまうと、どうしても何かをやる意欲が低下してしまいます。「頑張っても大して良くならない」と思っているわけですから、意欲が低下するのは、仕方のないことです。しかし、そこでずっと意欲が低下したままだと、余計に人生が苦しい状況に追い込まれていきます。そうなる前に何とか、歯止めをかけたいところです。

 

 「人生、消化試合」と思っている人のほとんどは、今後の「仕事」と「家庭」の両方に希望が持てなくなっているはずです。確かに、「仕事」と「家庭」というのは、今後の人生における「大きな目標」と言えるでしょう。しかし、そこに希望を見出せなくなってきた人は、発想を転換しましょう。

 

 「仕事」と「家庭」という「大きな目標」に希望が持てなくなったら、そこの目標はある程度、捨ててみましょう。仕事については「とりあえず、最低限のお金が稼げる仕事につければいい」と考えます。「家庭」についても、「一生独身でも構わない」と割り切ります。

 

 そうやって、「仕事」と「家庭」という「大きな目標」はある程度捨てて、自分が楽しいと思える趣味の中から、「小さな目標」を設定して、その目標に向けて頑張ってみましょう。

 

 「趣味」と言っても、人に自慢できる趣味でなくても構いません。「やっていると楽しい」と思えることで大丈夫です。ただ、「消費するだけの趣味」ではなく、「続けていると、成長を感じられる趣味」を選びましょう。

 

 例えば、「食べることが好き」という人がいたとします。これが、「ただ食べるだけ」で終わってしまうと、続けていても、成長は感じられません。それは「消費するだけの趣味」で終わってしまいます。

 

 しかし、そこで、食べることが好きだということを活かして、「料理」をやってみたらどうでしょうか。自分で作るとなると、色々工夫する必要が出てきますし、やってるうちに料理の腕は上がっていきます。これは立派な「続けていると、成長を感じられる趣味」です。

 

 そして、「続けていると、成長を感じられる趣味」を見つけたら、その中から「小さな目標」を設定していきましょう。「料理」が趣味の人は、「レシピ本を出すこと」を「小さな目標」に設定してもいいでしょう。そういった具体的な目標があると、より一層、「頑張ろう」という気持ちがわいてくるからです。

 

 また、「小さな目標」は、途中で変えても構いません。小さな目標は、状況に応じて、その都度、変えていきましょう。

 

 この料理の例で言うと、途中で「レシピ本を出すのは、厳しいかも」と感じたとします。そうしたら、「ブログでレシピを発表して、人気料理ブロガーになる」に変更してみるといいでしょう。レシピ本が出せなかったとしても、人気料理ブロガーになって、多くの人に自分のレシピを見てもらえれば、それはそれで、やりがいを感じて、嬉しくなるはずです。

 

 ちなみに、自分の場合、「小さな目標」は、「人気ブロガーになって、ブログでお金を稼ぐ」にしています。やはり、ブログも、書き続けているうちに文章力は上がっていきますし、読者数も増えてきて、「成長」を感じられます。そういう意味では、すごくやりがいがあります。

 

 また、この「小さな目標」も、場合によっては、「大きな目標」につながる可能性があるところが、面白い部分です。ブログも、やり方によっては、お金が稼げます。そして、人気ブログになって、膨大なアクセス数を稼げるようになれば、「ブログの収入だけで生活する」ことだってできます。そうなると、趣味として始めた、「小さな目標」だったブログが、「仕事」という「大きな目標」に変わります。

 

 まあ、そこまでになるのはなかなか難しいとは思いますが、「そうなれる可能性は0ではない」と思うだけで、やる気が湧いてきたりしませんか?

 

 ですから、「人生、消化試合」と思ってしまった人は、「仕事」と「家庭」以外の、「小さな目標」を設定して、その目標を達成できるよう、頑張ってみましょう。そうすれば、人生に張りが出てくるはずです。

 

「仕事」と「家庭」が消化試合であっても、それ以外に真剣勝負できるものがあるなら、それはそれで、充実した人生になるのではないかと思います。