場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

「希望を叶えられるか」より、「希望を持てるか」が大事

 このブログを読んでいる方には、「将来、こうなりたい」という希望はありますか? 

 

 その希望が明確なものであれ、曖昧なものであれ、「こうなったらいいな」という、何らかの希望を持っている人は多いのではないでしょうか。

 

 しかし、希望があったとしても、それが、「叶えるのが難しい希望」だった場合、現実の状況との落差に落ち込んでしまうことがあります。「こうなりたいという希望はあるのに、とても届かない」という感じで。

 

 確かに、希望を持ったとしても、全員がそれを叶えられるわけではありません。むしろ、叶えられない人の方が多いです。叶えられそうにない希望を持ってしまうと、「こんな希望なんか持たなければよかった」と思ってしまうこともあります。しかし、叶えることが難しい希望は、本当に持たない方がいいのでしょうか?

 

 周囲の人を観察していると、見ていて「魅力があるな」と思う人は、何らかの希望を持っていることが多いです。また、「こういう希望を持っている」と希望を語っている人というのは、輝いて見えるものです。それを考えると、「人は、希望を持った方が、活力が湧いて、魅力も出てくる」ということがわかります。やはり、「何も希望がありません」という人より、「将来、こうなりたいという希望があります」と語る人の方が、見ていて「いいな」と思うことが多いです。

 

 だから、例え、叶えるのが難しい希望だったとしても、希望は持っていた方がいいと言えます。希望というのは、「叶えられるか、叶えられないか」を第一に考えないようにしましょう。希望が叶えられるかどうかよりも、「希望をもって毎日生活すること」に集中した方がいいです。ある意味、「希望は、叶えられても、叶えられなくてもいいや」と割り切って考えることが大事です。

 

 なぜなら、希望を叶えられなかったとしても、希望を持っているだけで生活は充実するからです。希望を持っていると、活力が湧いてきます。自分の生活を充実させるために、希望を持っていきましょう。

 

 そう考えると、希望というのは、叶えられるか叶えられないかよりも、「持つことそれ自体」が一番大事なことなのかもしれません。