場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

感情は、「動物的で、原始的なもの」だと理解する

 感情というのは、うまくコントロールすることが難しいものです。それは、感情が、ある意味、動物的で原始的なものだからです。原始的であるがゆえに、大きな力を持っているので、コントロールすることが難しくなります。野生の動物を飼った際に、「手なづけた」と思っても、ふとしたはずみで、その動物が攻撃的になることがあります。感情もそれと一緒です。「怒り」「悲しみ」「不安」「恐怖」といったマイナスの感情も、元々は、原始的な生活において、人間が生き残るために備わったものなのです。

 

 「怒り」を感じると人は攻撃的になり、目の前の敵を倒そうとします。敵を倒すことができれば、生き延びることができるからです。

 

 「悲しみ」や「不安」を感じると人は部屋にひきこもりたくなりますが、気分が落ち込んでいる時は、活動をしないで安全な場所に待機していた方が体力を消耗しないで済むからでしょう。原始時代においては、「無駄な体力を奪われる」ことは、「死」と直結するため、安全な場所にひきこもって一時的に休息することは、非常に重要ななことだったはずです。

 

 また、人は、「恐怖」を感じると、逃げ出したくなります。これも、原始時代を生き抜くために必要なことでした。目の前の敵が自分より弱ければ攻撃すればいいですが、自分より強いことが明白だった場合、生き残るためには素早く逃げるしかありません。

 

 しかし、今の文明化された社会は、原始時代とは大きく違います。感情とは、元々は原始的な生活を生き抜くために備わったものですが、それが暴走してしまうと様々な弊害を生んでしまいます。

 

 怒ってばかりいて、目の前の相手を常に打ち負かそうとする人は、周囲から煙たがられて孤立してしまいます。

 

 「悲しみ」や「不安」が強いからといって引きこもってばかりいると、他者とコミュニケーションをする力が育たず、社会的に余計に不利になります。

 

 また、「恐怖」を感じたからといって、目の前の問題から逃げてばかりいると、「あの人は責任感がない」と周囲からみなされ、社会的な信用を得られません。

 

 そのため、現代社会で個人としてうまくやっていくためには、感情に振り回されず、うまくコントロールしていく必要があります。

 

 感情をコントロールするための第一歩として、「感情というのは、動物的で、原始的なもの」ということを、十分に理解しておく必要があります。

 

 そして、その「感情」という「動物的で、原始的なもの」を、人間の持つ「理性」を使ってうまくコントロールしていくイメージを持つと、自分の感情とうまく向き合っていくことができるはずです。