しょうの雑記ブログ

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「明るさしかないもの」は信用しない

 「明るいことは、いいことだ」と思っている人は沢山います。確かに、「暗い」より、「明るい」方に、人はひかれがちです。しかし、「明るくて、一切の暗さがないもの」というのは、本当にいいものなのでしょうか。「明るさしかないもの」というのは、よく見ると、どこか不気味な気がしてこないでしょうか。

 

 例えば、「常に明るくて、一切暗いところがない人」がいたら、どこか不気味な印象を受けるはずです。人間というのは、いくら明るい人でも、嫌なことがあれば少しは気分が暗くなるのが自然です。それがない人というのは、見ていて「大丈夫か?」と不安になります。

 

 また、「明るさしかないもの」というのは、どこか薄っぺらい印象を受けることが多いです。例えば、「明るいだけの音楽」というのも、最初はいいかもしれないですが、繰り返し聴いていると飽きてしまったりします。音楽は、ある意味、人間の感情とつながっています。やはり、いい音楽というのは、聴いていて心が揺さぶられるものです。人間の感情というのは、一面的ではなくて、「明るい部分」と「暗い部分」が常に共存しています。そのため、「明るい部分」と「暗い部分」がうまく共存している音楽を聴くと、心を揺さぶられます。しかし、「ただ明るいだけの音楽」というのは、人の感情の一部分しか表現していないので、感情を心から揺さぶられることはありません。それが、聴いていて「薄っぺらい」という印象になるのです。

 

 やはり、いくら明るいものであっても、どこかに「暗さ」があるほうが自然です。それがないものというのは、どこか疑って考えましょう。

 

 新興宗教やマルチ商法も、「明るさしかないもの」を提示してだまそうとします。新興宗教では、「この宗教を信じていれば、あなたは必ず救われる」と言って入信させようとします。また、マルチ商法も、「このやり方で商品を売っていけば、必ずお金持ちになれる」と言って、あなたを入会させようとします。しかし、実際はそんなにうまくいく話はありません。

 

 人は、やはりどこかに「明るさ」があった方がいいでしょう。なぜなら、明るさがある人の方が、接していて心地よいからです。しかし、だからといって、明るさだけしかない人間にはなってはダメです。人間としての深みを出していくためには、明るさだけではなく、「暗さ」もしっかりと受け入れていかなければならなりません。「奥底に暗さを取り入れた明るさ」がある人間というのは、すごく説得力が出てきますし、魅力があります。あなたがもし、「明るさを持った、魅力的な人間になりたい」と思うのならば、その奥にある「暗さ」から目をそむけず、暗さとしっかり向き合いましょう。そして、「暗さと向き合った上での明るさ」を手に入れられるよう、努力してみましょう。