しょうの雑記ブログ

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成人の日に思うこと。社会的には「30歳で成人」にしてもいいのでは?

 

    

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 今日は成人の日です。今年20歳になった方で、「もうすでに、昨日、成人式を済ませてしまった」という人もいるでしょうが、今日成人式を行うという自治体もあるはずです。

 

 そこで、自分なりに、成人式と、「成人になるといこと」について、改めて考えてみることにしました。

 

 自分が20歳の時、成人式が近づくと、成人式の招待状が届きました。しかし、自分は、成人式には出席しませんでした。当時、自分は、大学に通っていました。大学に通うため、地元から離れたとことに住んでいました。住民票を移したため、その時住んでいる自治体から成人式の案内が届いたのですが、そうすると、知っている人は誰もいないことになります。「知っている人が誰もいないのに、出席しても面白くないな」と思い、成人式には出席しませんでした。

 

 ただ、もし、地元に残っていたとしても、おそらく成人式は行かなかったのではないかと思います。

 

 自分は、小学校時代、場面緘黙症で、学校で友達と話をすることができませんでした。そうなると、当然、クラスメイトとも仲良くなれません。中学校は、地元から離れたところにある学校に通っていました。中学校で環境が変わったために、徐々に学校でも、友達と話せるようになりましたが。

 

 そういう過去があるため、自分には、「地元の友達」がいません。クラスメイトで知っている人はいますが、それは友達ではありません。ただの「知り合い」です。そして、クラスメイトは、自分のことを、「全然喋らない、変な奴」と認識しています。そのため、「成人式で、久々に小学校のクラスメイトと再会したい」という気持ちは全く起きませんでした。

 

 こういった感じなので、成人式に出席して、友達とはしゃいでいる20歳の人達を見ると、「楽しそうでいいな」と思ったりします。

 

 しかし、成人式で暴れたり、はしゃぎすぎたりする人がを見て、「最近の20歳は幼い」という意見をよく耳にします。確かに、20歳の人をみると、「幼いな」という印象を受けることは多いです。でも、そもそも、20歳なんて、元々そんなものではないしょうか? 20歳の時期は、体力もありあまっていますし、遊びたい盛りです。だから、そういう年代に「大人としての自覚を持て」と言うこと事態、元々無理があるのではないかと思います。

 

 だから、最近、自分は、「社会的には、30歳で成人とみなす」ようにした方がいいのではないかと思ってきました。

 

 お酒やタバコは、20歳で解禁していいと思います。ただ、社会的には、「30歳になって、やっと1人前」とみなすようにします。そのため、30歳までは、試行錯誤期間として、ある程度自由に職を変ることを許容するようにします。そして、「社会的に成人になる30歳までに、自分に適している職をみつければよい」とするのです。

 

 日本社会は、「レールから外れた人」に対して、厳しい社会です。日本の社会は、「大学に入って、大学卒業時に新卒で就職する」というのが一般的なルールになってしまいます。しかし、そのレールから外れると、非常に不安定な非正規の職にしかつけなくなったりします。

 

 しかし、冷静に考えて、大学を卒業する22歳の時点で、自分の適職を判断できる人がどれだけいるのでしょうか? おそらく、非常に少ないと思います。

 

 しかし、大卒で会社に入って、「仕事が合わない」と思っても、短期間で辞めてしまうと、安定した職につくことが難しい現状があります。そのため、「仕事を辞めたいけど辞められない」という状態になって、心を病んでしまう人は増えています。

 

 それを考えると、「社会的には、30歳で成人」として、「30歳までは試行錯誤期間」ということを社会的に認めていった方が、生きやすくなる人が増えるような気がします。

 

 成人の日ということで、つい、そんなことを考えてしまいました。