場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

「正しいこと」より「楽しいこと」をしよう

 「正しいことをしなければならない」と思っている人は沢山います。学校でも、「正しいことをしなさい」と教えられますし、社会に出てからも様々な人から「正しいことをしなさい」と言われたりします。しかし、「何が正しいのか」ということは、よくわからないことが多いです。

 

 「正しいとされていること」というのは、「この先もずっとそれが正しい」とは限りません。今現在、「正しい」と言われていることであっても、世の中の風潮が変わると、同じことをしていたとしても、「それは正しくない」と言われてしまうことがあります。「正しいことをしなさい」と言われて、それをずっとやっていたのに、時代の風潮などで急にそれが「正しくないこと」に変わってしまい、面食らうということはよくあります。

 

 このように、「正しいこと」というのは、一見、ずっと続いていく絶対的なことのように思えますが、実は些細なことで変わってしまいます。また、人によっても「正しい」「間違っている」の判断は変わります。同じことをしても、ある人には「正しい」と言われて、他の人には「間違っている」と言われてしまうこともあります。このように、「正しいこと」というのは、実は結構曖昧です。

 

 そのため、「正しいことをしよう」と心がけていたのに、「いったい何が正しいのか?」となって、混乱してしまうこともあります。

 

 それに対して、「楽しいこと」というのは、非常に明確です。何かを行ってみて、自分が「楽しい」と感じたらそれは楽しいことですし、「楽しくない」と感じれば、それは楽しくないことです。

 

 だから、「正しいことをする」と生き方を目指すより、「楽しいことをする」ことを目的に生きる方が、生き方の指針が明確になります。

 

 「正しいことをしよう」と思っても、何が本当に正しいのかは誰にもわかりません。そして、「誰もが思う、正しいこと」は存在しません。だから、そんな曖昧な「正しいことをする生き方」をしようとするより、「楽しいことをする生き方」の方が、目的が明確ですし、魅力があります。

 

 そして、「楽しいこと」というのは、ある意味、「自分にとって正しいこと」でもあります。なぜなら、楽しいことをするというのは、「自分の気持ちに正直に生きている」ということだかです。世間一般で「正しい」とされていることを行っても、自分が楽しくなければ、それは「自分の気持ちに正直に生きていない」ことになります。そういう意味では、「楽しいことをするということは、自分の気持ちと正しく向き合っている」とも言えます。

 

 自分に対して正しく向き合っていると、自分の気持ちに対して素直になれます。その結果、自分も他者も大切にできます。

 

 だから、「正しいことをする生き方」より、「楽しいことをする生き方」を目指しましょう。