しょうの雑記ブログ

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将来に絶望したら、「これまで生きてこれたのだから、それで十分」と思うようにする。

 今の日本社会は、どこか閉塞感があるような社会だったりするので、「将来に希望が持てない」と考えている人も多いと思います。

 

 それがさらに進むと、「この先は全然いいことがないんじゃないか」と、自分の将来に絶望してしまう人もいます。

 

 そういう人というのは、他人から、「そんなことない。希望はあるよ」と言われたところで、なかなかそうは思えないものです。

 

 そんな時は、無理に将来の希望を見つけようとせず、いっそのこと、「ここまで生きてこれたのだから、それでもう十分」と思ってしまうのも手です。

 

 自分の年齢は、今、30代後半ですが、これまでの自分の人生を振り返ってみると、確かに悪いこともありましたが、「結構、面白いことや楽しいことも色々あったな」と思うのです。

 

 そして、「仮に明日、交通事故で亡くなってしまったとしても、そこまで悪い人生ではなかったのかな」とも思ったりもします。

 

 そして、「30代まで生きる」ということは、「当たり前のこと」ととられがちですが、実は、決して当たり前ではありません。

 

 ニュースなどを見ると、10代、20代で事故や病気で亡くなる人というのは沢山います。

 

 そういうことを考えると、「30代まで生きる」ということは、決して当たり前のことではありません。

 

 「30代まで生きてこれた」というのは、実はとてもすごいことで、ある意味では、「奇跡的」とさえ言えるかもしれません。

 

 このように、「今まで生きてこれたのは、当たり前ではなく、ある意味、奇跡なんだな」と思うと、これまで生きてこれたことに対して、感謝の気持ちが湧いてきます。

 

 そして、「仮に、この先、いいことがなかったとしても、今まで生きてこれたんだから、それでいいかな」と開き直った気持ちになれます。

 

 そうすると、「失敗してもいいから、新しいことに挑戦してみよう」という勇気が湧いてきたりします。

 

 「将来に絶望している人」に対しては、気休めの言葉をかけたとしても、あまり効果がありません。

 

 気休めで、他人から、「希望がある」と言われても、すぐに希望を持てるはずはありません。

 

 なぜなら、「将来に絶望している人」というのは、今まで散々、失敗したり、うまくいかない経験を重ねてきているからです。

 

 そういう経験を重ねてきた上で、「この先に希望はない」と判断しているのですから、自分のことをよく知らない他人が、気休めで「希望はあるよ」といっても、その人にはあまり響かないはずです。

 

 だから、他人から言われる気休めの言葉より、あえて、「これまで生きてこれただけで、もう十分じゃないか」と思った方が、よっぽどパワーが出るのではないでしょうか。

 

 将来に絶望している人は、あえて、「ここから先は、おまけの人生だ」と思っておきましょう。

 

 どうせおまけの人生なら、失敗することもそれほど怖くなくなるはずです。

 

 そうやって、開き直りでもいいから、思い切った行動をしていくと、思わぬ幸運に当たる可能性だって高まります。

 

 人生に絶望しているのなら、いっそのこと開き直って、思い切ったことをやっていきましょう。

 

 その方が、失敗するにしろ、成功するにしろ、人生は面白くなっていくはずです。