場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

保育園~小学校時代

  自分の生い立ちについて簡単に説明します。父、母、僕、妹の4人家族です。比較的裕福な家庭に育ちました。

 

 自分の性格は、子供の頃から内向的だったと思います。どちらかというと、外で遊ぶより、家の中で遊ぶ方が好きな子供でした。

 

 両親が共働きだったということもあり、幼少の頃は、幼稚園ではなく、保育園に通っていました。保育園に通っていた頃は、場面緘黙症の症状はありませんでした。内向的な性格ではありましたが、友達と、普通に話をすることができていました。

 

 小学校に上がってからは、小学1年生の頃までは、普通に学校の友達と話すことができていました。

 

 しかし、小学校2年生頃から、学校の中で、同級生と会話をすることができなくなってしまいました。ただ、学校の中で、全く話せない訳ではありませんでした。例えば、国語の時間に先生から「音読してください」と言われたら、音読をすることはできました。しかし、授業が終わって休み時間になると、同級生と雑談することができないのです。

 

 なぜ場面緘黙症になってしまったのか、はっきりとしたきっかけは覚えていません。ただ、おそらく、ちょっと変わった部分があることで、みんなからからかわれたりしたことによるのではないかと思われます。

 

 そこで、子供なりに、「何か言われてからかわれたりするくらいなら、何も言わないでおこう」と決めたのだと思います。

 

 これは、傷つきやすい子供がなんとか「自分の心を防衛する手段」です。自分の心を守るため、仕方なく場面緘黙になること決断したのだと思います。例えるなら、攻撃を受けた亀が、甲羅の中に頭や手足をひっこめるようなものです。

 

 大人になれば、嫌な職場に入ってしまったときは、そのまま続けるのではなく、退職するかどうかも決めることができます。しかし、子供にとっては「学校をやめる」ことはできません。確かに、子供の中には、学校に行かず不登校になってしまう子もいます。しかし、当時の自分には、「どんなに嫌でも、学校には我慢して行くものだ」と考えていました。当時の自分には、「不登校になる」という選択肢は考えられませんでした。そのため、黙ってなんとか辛抱して、学校をやり過ごしていました。

 

 そして、学校で喋らない日々が続くと、同級生からは「あいつは何も喋らない奴だ」とみられるようになります。そうなると、「何か言ってみろ」といじめてくる同級生もいたりして、そこでまた自分の殻にこもるようになり、余計に喋れなくなるという悪循環となります。

 

 そういう訳で、僕は、小学校2年生から6年生の終わりまで、ほとんど学校で喋らずに過ごしていました。