場面緘黙症だった僕の、その後の人生

小学校時代に場面緘黙症を経験。社会に出た後も、仕事になじめずに苦しむ。社会にうまく適応できないという悩みあり。このブログが、同じような悩みを持っている方の参考になれば幸いです。

自己紹介をします

 はじめまして。まずは、自己紹介をしていきたいと思います。僕は、30代後半の男性です。関東地方の某県に住んでいます。「言語聴覚士」という医療関係の国家資格を持っています。

 

 小学生の頃、「場面緘黙症」という症状を経験しました。これは、簡単に言うと、「特定の社会的な場面で喋ることができなくなる症状」です。自分の場合、家で家族とは普通に話ができたのですが、小学校に行くと、ほとんど友達と喋ることができなくなってしまいました。

 

 その後、中学校、高校と進むにつれ、少しずつ学校で喋れるようになってきました。しかし、「喋ることが苦手」という意識はなかなか払拭できませんでした。

 

 そして、受験勉強をして、なんとか大学に入りました。大学生活も後半にさしかかり、周囲は就職活動をしていました。しかし、自分自身「企業でしっかりと働いている自分」をイメージできませんでした。そこで、「何の仕事を目指したらいいだろう」と考えました。そして興味を持ったのが「臨床心理士」です。「臨床心理士になって、場面緘黙症などの心の問題で苦しんでいる人の支援をしたい」と考え、臨床心理士を目指すことにしました。

 

  臨床心理士になるには、心理系の大学院を卒業する必要があります。そのため、大学卒業後は、心理系の大学院に合格するよう、勉強をしていました。しかし、自分が通っていた大学の学部が、心理系とは全く違う学部だったため、合格することはできませんでした。

 

 そこで、臨床心理士になる道は諦めました。再度、「どういった職業につけばいいのだろうか」と考えました。そこで見つけたのが「言語聴覚士」の仕事です。言語聴覚士は、発達障害失語症などでうまく言葉が喋れなくなった人に言語のリハビリをする仕事です。自分は、過去に場面緘黙症でうまく喋ることができなくなった経験から、「一般の人より、言葉をうまく話せない人の気持ちがわかるかもしれない」と考えました。また、「言語聴覚士として、場面緘黙症の子供の支援ができたら」と考え、言語聴覚士を目指すことに決めました。

 

 その後、2年間専門学校に通い、国家試験を受けて、言語聴覚士の免許を取得しました。資格を取ってからは、病院や老人保健施設などで、8年間ほど、言語聴覚士として勤務しました。

 

 しかし、そこで、場面緘黙症の後遺症に苦しめられました。病院や施設に勤務すると、「患者」「患者の家族」「病院や施設の職員」など、様々な人と関わります。場面緘黙症になってしまう人というのは、大抵、多数の人とうまくコミュニケーションを取っていくのが苦手です。そのため、言語聴覚士の仕事は、常に多くのストレスを感じながら行っていました。なんとかごまかしながら仕事を続けていましたが、そのうち、精神的に病んでしまい、適応障害」と診断され、休職をしました。その後、なんとか職場復帰をしたり、職場を変えたりしながらも言語聴覚士の仕事を続けてきました。

 

 しかし、また言語聴覚士を続けることが精神的にしんどくなってしまい、次の仕事が決まらないまま、言語聴覚士として勤務していた職場を退職しました。現在は、今後どのような方向性に進むのか模索中です。どうしても社会に適応しにく性質を持っているため、どのような仕事であれば続けていけるのかを考えています。

 

 これから、このブログでは、場面緘黙症のこと、言語聴覚士の仕事のこと、適応障害のこと、自分の興味があることなどについて書いていこうと思います。

 

 僕自身、現在も場面緘黙症の後遺症に苦しんでいる部分があり、社会にうまく適応することができていません。そのため、このブログの中で、「こうすれば場面緘黙症は治る」とか、「こうすれば社会適応ができる」といった、明確な解決策を提示することはできません。ただ、今現在、場面緘黙症適応障害について苦しんでいる方がいるとしたら、参考にしていただけると幸いです。